今季は終始不甲斐ない試合をしてきた横浜ベイスターズ.そんな戦いぶりが随所に見られた試合展開で会った.
ヤクルトの先発は高卒新人・由規.速球が走っている印象は受けたが、それ以上に横浜打線が由規についていけない.
速球を見せ球にされ、変化球を左打者が引っかけて内野ゴロにしてしまうというシーンが何度も見られた.
流れを引き寄せられず、相手の好守も光った.1回、畠山が内川の打球を好捕、5回には村田の左前安打性の打球を飯原が捕球し左直.
由規は8回を投げ無四球、6回に三浦の中前安打、8回に吉村の左中間本塁打を許したのみの2安打1失点.三浦への1球は不用意であり、吉村にはうまく運ばれたものの、しかし感覚としてはほぼパーフェクトといってよかった.
一方の三浦は立ち上がりに流れに乗れない.初回に野口に左越え本塁打を許すと、2,3回も1点ずつを失う.4回以降に立ち直ったが、7回に福地に適時打を許してしまい、反撃ムードを呼べなかったのが残念だったか.
試合終了後の左翼側応援席からのファンの声は想像以上だった.私はこれまで、「ファンよ怒れ」という旨の思いを抱いていたが、間違いであった.この怒りは、確実に球団に届かなければならない、と感じた.
責任の所在が間違っていること、去るべきものが間違っていることは、感情的にも、論理的にも、間違っていないはずだ.
http://www.takuro5.com/blog/2008/10/post_845.html
試合終了後、「大矢辞めろ」「佐々木・村上は退陣せよ」「琢朗こそ必要」そんな声が終わりなく響いていた.
ウルトラシリーズや、サンダーバードや、Twenty Fourなら、この夏に数え切れないほど観ているのだが.
さて、そんな私が久々に観た映画もウルトラシリーズ、『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』でした.
平成ウルトラマンシリーズにはさほど興味はないのですが、ウルトラ兄弟が出て、ハヤタもダンも出演しているとなると話は別.
予告編Movieにてハヤタが「(私は)ウルトラマン.地球での名は、ハヤタだ.」というシーンに妙に感動して、この作品をレンタルすることを決めた.
ちなみに、この作品の舞台は神戸だったが、この秋に公開される『大決戦!超ウルトラ8兄弟』の舞台は、われらが横浜だそうだ(「超」と「ウルトラ」を重ねている時点でもはや何が何を超えているのかまったくわからないが).どうやらゲスラが赤レンガ倉庫を壊すらしい(正確には「キングゲスラ」だそうだ).赤レンガ倉庫といえば私の傷心スポットであるだけに、ぜひぶっ壊してほしい(違
さて、肝心の本編.多少のネタバレがあるだろうが、気にせずに書いていこうと思う.
時間軸は20年前、マン、セブン、ジャック、エースの4人は、「Uキラーザウルス」の地球侵入を食い止めるべく死闘を繰り広げていたところから始まる.
このあとUキラーザウルスは「Uキラーザウルス・ネオ」として数回り大きくなって復活するのだが、ウルトラシリーズの映画では、やはりウルトラマンを小さく見せるくらい大きな怪獣を出すのが定番になるのは不可避なのだろう.私が小学3年生あたりで観た『ウルトラマンティガ&ウルトラマンダイナ 光の星の戦士たち』(記憶はほとんどないのだが)でも、ダイナを体内に閉じ込めてしまうほど大きな怪獣を登場させた.今回は、その4本ある手でウルトラ兄弟4人をわしづかみにしてしまう.既定路線というか興ざめな感じがするのだが、逆に映画版にしてまで、いつもの様な怪獣どまりにするのもつまらないだろうから、致し方ない所なのかな.
さて、話は現代の神戸に移る.ウルトラ兄弟はそれぞれ人間に扮して町で暮らしているが(東光太郎がいないのが残念)、シェフになった北斗がいい味.
メビウスの本編を観たことはないが、テンペラー星人を木っ端みじんにする戦いぶりの中で感じたのは、「飛行シーン」のことだろうか.CGが使えることで、昭和ウルトラマン時代にはなかった、街の上空を低空飛行するウルトラマンや宇宙人を描くことができるようになった.昭和ウルトラマンを多く観た人間からすると「違和感」も感じるだろうが、私はどちらかというと、CGによる飛行シーンも好きである.
それよりも、テンペラー成人のデザインは不満である.ウルトラマンタロウにて登場した時の、ぶくっとした体形の方が、「極悪宇宙人」っぽくて愛らしいのだが.妙にスマート、妙に「最近のワル」って感じがして好きになれない.
ついでに言うとザラブ星人.やはりザラブ星人も、妙にスマートになった体型がちょっと残念.でも戦闘の観点からすると、こっちの方が俊敏で強そうな気もする.
ナックル星人についてはよく知らないし、実はまだガッツ星人の登場するエピソードも観たわけではないのだが、ザラブ星人の「やり方」が全く変わってないところがいい.それに、話は前後するが、突然水族館にザラブ星人が現れた時のBGM.
子供心に、そして実は最近でも、ウルトラマンの「心臓に悪いシーン」は本当に好きになれない.ケロニアがクローゼットから出てくるところ、博士が小田急ロマンスカーの中でワイアール星人に変身してしまうところ、ドアを閉めるとそこにバド星人がいるところ….そんなときに流れるあのBGMは「お父さん世代」にクリティカルヒットしたに違いない.
ウルトラ兄弟が変身するカットは、やはりCGで作ると興ざめな感じ.やはり、「合成」で頑張ってつくるあの映像だから、好きになれたんだろうなと思う.
ネオ・Uキラーザウルスのでかさ、お決まりというか、十分予想できた「ウルトラマンメビウス・インフィニティー」とやらは、大人な目線からすると「うぅ~ん…」って感じなのだが、仕方ないのかな.
全体として、平成ウルトラマンには思ったほど抵抗がなかった自分.リアルタイムで「ティガ」を観ていたからなのかな.
アンヌやフジ・アキコの出てくる分、この秋公開の映画はちょっと楽しみ.貧乏学生としては、というか、いい歳した(?)大学生一人と思うと、映画館で観ようとは思わないが;;
だから、それほど確かな印象でもないのかもしれないが、ここ数年で、甲子園にも継投が多くなった気がする.私が小学校、中学校の頃は、エースがほぼ全試合を投げ、背番号10や11の投手は地方大会でもだいたい3イニングほどを投げているだけ、というチームが多かった気がする.だが最近は、今大会の浦和学院や慶應義塾高等学校に代表されるように、どの試合も2人の投手をつないで試合運びをするというチームが、徐々に多くなっているように思う.調べてみたいが新聞の縮刷版も週刊ベースボールの増刊号もないので調べられない.明日大学へ行くので、時間があれば新聞の縮刷版で調べてみようかと思う.
その笑顔が、いつまでも、たくさんの人に囲まれていますように
7月31日の試合はリアルタイムでテレビ中継を、8月1日の試合は寿司屋での仕事の後に録画したものを観たが、どちらの試合も長打長打の連続で、オールスターならではの新鮮さというのも途中からどうでもよくなってしまった.
昨年の第1戦、落合監督率いるセ・リーグが、リリーバーを9人つないでの継投で、あわやノーヒッターを成し遂げた試合が一番おもしろかった.パ・リーグの選手は面白いように凡打を重ねた.普段は中継ぎとして「1回必殺」をこなす投手たちの「打ち取る技術」が、そこにはあった.
他に印象に残るのは、2年前の球宴での、西岡剛と森本稀哲がダブルスチールを決めたこと.お互いのアイコンタクトがあって、成功させたもののように記憶している.もっとも、セ・リーグの捕手、阿部の判断ミスでもあったのだが.
近年、交流戦の導入によって、リーグを超えた対決に新鮮味がないため、オールスターの価値はなくなったという議論がある.確かにその点での新鮮味は減ったが、それでも、6球団が1つのチームとなって試合を行うことは非常に魅力的だと思う.しかし、現在のオールスターでそれが生かされていないのが問題なのである.ダルビッシュが本気の配球で6者連続三振を狙ったりするのも見たかったし、マスコミも(今回はオリンピックの話題が中心だったが)焦点を当てる場所をもっと考えてほしい.例えば今回だったら、パ・リーグが二塁・西岡、三塁・中島、遊撃・川崎の「五輪シフト」を敷いたが、それをもっと拾ってみてもよかっただろうし、試合全体を写すのもいいが、思い切って一か所にズームアップをしてもいいのではないかと思う.
そして、球宴の代わりに日韓戦を行うという、β朗さんのアイデアも面白いですね.真剣勝負が見られそうで.今年だったらオリンピックの前哨戦にすぎなかったかもしれませんが、昨年末のようなしびれる国際試合が、年1回でも見られたらあぁと思う.
私信ですが、8月11日の西武対日本ハム@西武ドーム を、内野自由席で観戦に行く予定です.もし一緒に行く方がいらっしゃったら、mixiのメッセージやメールなどで連絡ください.
1日1ベイ!<オールスターを廃止して日韓戦を>
いつもFeedで読ませていただいているBlogです.斬新な視点や横浜浮上の鍵など、いい勉強になります.
(交流戦、広島1-3楽天、3回戦、楽天2勝1敗、22日、広島)ピッチャー、岩隈に代わりましてマー君!! 楽天が 22日、交流戦の広島3回戦(広島)に豪華リレーで勝利。球団創設4年目で初の交流戦勝ち越しを決めた。エース岩隈久志投手(27)が6回1失点で11勝 目を挙げれば、田中将大投手(19)は3回無失点でプロ初セーブ。敵地のファンも沸かせた必勝リレーは、北京五輪でも実現する?!
6回を1失点に抑えた岩隈に代わる2番手は、なんと田中だった。 「(救援は)公式戦では初めてなので、1イニング目は少し緊張しました」。登板直後こそ 力んで球が高めに浮いたが、七回二死一塁で代打の前田智を空振り三振に仕留めると「ヨッシャー」と雄たけびを上げた。 打順は山崎武に代わって4番に入 り、九回一死満塁で打席に。「4番、ピッチャー、田中」のコールに広島ファンからも大歓声が起こった。見逃し三振に倒れたが、「応援も盛り上がっていたの で燃えました」とノリノリのマー君。その裏は見事な三者凡退締めでプロ初セーブを手にした。 抑えでもいけることを示したが、この日は間隔が開くための調 整登板。リーグ戦では先発に復帰する。しかし、この限定リレーを喜んだのが、星野ジャパンの首脳陣だ。 この日、巨人-ソフトバンク戦のテレビ解説で東京 ドームを訪れた日本代表の星野仙一監督(61)は、田中の初救援に「いい練習しているよ。ノムさん(野村監督)はわかってらっしゃる。おれと野球観が一緒 だから」。控室でプロ初セーブを見届けると「いい投球やったね」とうれしそうだった。 楽天戦のテレビ解説を務めた大野豊投手コーチ(52)は試合前に 「接戦で田中を中継ぎさせてほしい」と話していた通りの展開に「いいものが見れたよ」とニンマリした。 20日に発表された北京五輪代表最終候補39人に 入った際、「これからは一戦一戦、がむしゃらに結果を残していきたい」と代表入りに意欲を見せていたマー君。この日は「次のセーブは北京? そういう話は やめてください(笑)。ありえませんよ」と照れたが、岩隈とともに日本代表入りに近づいたことは確か。北京五輪で田中をセットアッパーとして起用する構想 が、一気に加速しそうだ。(越智健一)
こんな野球がみたい.目の前の1勝を本気で取りに行く野球.この日の田中将大は「調整登板」だったようだが、それでも観ている側はワクワク・ゾクゾクする.
豊田泰光の論もマンネリ化してもうつまらなくなっているが、彼の持論のひとつに、西鉄ライオンズが強かったのは、戦争を知っていたからだ、というのがある.明日があるかわからない時代を戦場で過ごした三原監督の采配と空気.今日も明日も明後日も稲尾が投げる、そんな采配は三原だからできた.そんな目の前の一勝を取りに行く野球が、豊田の思う野球なのだろう.
今の選手も監督もそういう経験がないから冷めている、それで私は終わらせたくない.だからこそ、こんな試合をやってくれると本当に興奮する.目の前の一勝を死に物狂いで取りに行く、高校野球の準々決勝あたりから見れそうなこんな血眼の継投、胸が躍り血が騒がないか?紙面を通じて出さえこう思うのだから、球場で観戦しているファンはどれだけ幸せなのだろう.「おい!田中を観れるぞ!」そんな興奮が、頻繁でなくとも、どこかにあると、野球はぐっと面白くなると思う.
寺原が初めてリリーフカーに乗ってハマスタのマウンドに現れたのを知ったのは、サークルの合宿の帰りのバスの中だった.どうしても勝てない中、エースを1イニングだけ、試合を締めくくらせるためにマウンドに送った、そんな必死さを感じたのだが、後日、単なる配置転換だと知って、これ程となく落胆した.やはり大矢にはその程度のことしかできないのかと、改めて失望したのを覚えている.こういう必死さの前に、ベイスターズには大切なことがかけているのは、言うまでもないが.
劇中で何度も出てきた言葉、「厳しい監査をやって、企業を潰す気か!」ということが、このドラマの大きなテーマであることは言うまでもない.
旧来の日本型の「ぬるま湯」的な監査により粉飾決算を見過ごすのか、国際基準の厳正な監査を行うのか.
私はこのドラマには、企業や会計の問題より、人の生き方の問題をみたような気がする.
今更の感は否めないが、『ウェブ進化論』、『フューチャリスト宣言』を最近読み終わった.そこに書かれていた、「これからは組織ではなく個人の時代だ」ということを切に感じたのである.
劇中でも、ぬるま湯体質の上司・田代の主張と、若杉・山中の厳格監査の対立があるが、自分が「正しい」と思うことを、どれだけ自分は突き通せるのだろう、と考えていた.
たとえば自分が若杉だったとして、自分の考える正義を強く持って粉飾決算を受理せずに、ジャパン監査法人からも解雇されても、「これからは個人の時代だから」と、一人で動いてゆくことができるのだろうか.
今の私は、そのような一人での行動ができるようにありたい.たとえそこに、生計を立てられなくなることや、「所属なし」の空白が履歴書にできるというリスクがあるとしても、今はそんなことを気にしないような向こう見ずの若さを持っていたいと思う.
ドラマとしては、やはり『ハゲタカ』と比べてしまうが、『ハゲタカ』の第1回のほうが意外な展開、映像の質も高くおもしろかったような気がする.提示する問題も、『ハゲタカ』のほうが奥が深いように思えた.
今回再掲載するのは、この文章だ.
高校生が歌う『地平線のかなたへ』について(リンクhttp://mmpensee.blog.shinobi.jp/Entry/6/)
今でも当時の音源を聞き返すことがある.技術的にはまだまだだが、「青春をかけてぶつかった」という誇りはある.
そんなまっただ中に自分が書いていた、そんな文章である.
長い間の「Mura-MiのBlog」シリーズのブランクを経て産声をあげたのが、Mura-Miのブログ第四弾「Mura-Mi's Pensee」だ.
以前もお話した、住み着いている猫ではないという.というのも、見たことのない毛並みだし、首輪を着飾っていた.
現れたのは昼下がりも少し過ぎた頃.体育が終わったあとの現代文の授業.突然ある女の子が「きゃっ」って言ったから、きっと皆は虫が出たと思ったんだろう.でも、実際には彼女の足下をこの猫がのっそのっそと歩いていた.別の女の子の足下で丸くなって寝始めたと思うと、授業をしていたやぶちゃんが「○○なんですよ!」というと皆はしんと静まったが、この猫だけがにゃぁおと歓声を上げたんだな.やぶちゃんは「そう!そのとおり!」の一言.
授業が終わると授業の緊迫感に脱力したのか、教室後方にある棚の一角を陣取ってお休みになった.すっぽりと入っちゃったところがまたカワイイ.
その後私は教室を出たが、この子は出て行かされたのかな?明日になって教室が汚くなってない事を、すこし願いつつ.
(until 9/2)
以下の文章は、私が高校2年生、合唱団の定期演奏会を前にして何の目的もなく古典の授業中に書いた、私たちが演奏する「地平線のかなたへ」によせたものである.
個人的に言うと、今私たちが過ごしている高校生活を〝青春〟とか〝希望に満ちたとき〟とかというのにはとても抵抗がある.友人に訊くと「青春を感じて幸せだ」とかいう答えが返ってきて不思議に思ったが、そこはそれぞれの感覚なんだろう.
『地平線のかなたへ』は、それこそ希望に満ちた青春を描いた曲集である.春心地の中で感じる青春、6月の梅雨の中休みに校庭で感じる青春、小難しい普遍的心理を考えようとする青春、ともに学び遊んだ仲間との別れという青春、身近にあらわれた死を通して今までの自分とこれからの自分について考える青春….たとえ悲しさを感じたとしてもうつむかず前を向いて歩こうとする希望に満ちた少年の姿―決して特定でないその少年に何を、誰を重ねるか決めるのはあなたである.―と、それをとりまく青春が描かれているのがこの曲集である.
木下牧子氏のねらい通り、この曲集は中高生にたいへんな人気がある.その理由は、そんな希望に満ちた青春を演奏を通して演じられるからであり、それを演じるのがそれもまた〝青春〟であるからなのだ、と私は考えた.譜面と歌詩は与えられていても、曲を練習してゆく中で、それぞれの思いを込めるのは私たちであるということができるのが『地平線のかなたへ』なのである.確かに、人生の大先輩である大人たちがこの曲集を歌っても、それは味がって美しい.しかし、この曲集を等身大に演じられるのは、紛れも無く「希望を持って青春を生きる」私たちなのであると思う.作詩は谷川俊太郎で、作曲は木下牧子であるのは当然の尊敬すべき事実なのだが、隠し味としての想いを添えているのは、今日ステージに乗る私たち合唱団なのだと思う.
by 18回目の夏は寒い山中湖でこの合唱団と過ごした学生指揮者
(4月20日 公開)
私を強くしてくれる心をください.
そのときまでには、ここに来ますから.
本人は健全にリアル世界で生活中.
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